こういう点で頭がよくて男のほうが劣っているように思われる。女のほうは頭のいいようなのが映画を志す、男の頭のいいのは他の方面にいくらも道があってみんなそのほうへ行ってしまう、といったようなこともいくらかあるのではないかという気がする。ただし男のほうにも自分の知っているだけでも四五人くらいは相当頭のいいのがいるようであるが、平均の上で多少そうした傾向がありはしないか。
 安アパートの夜の雨の場面にももう少しの俳諧がほしいような気がした。
 前途有望なこの映画の監督にぜひひと通りの俳諧修行をすすめたいような気がしているのである。

     十六 外人部隊

 たいへんに前評判のあった映画であるが自分にはそれほどでなかった。言葉のよくわからないせいもあろうがいったいに前のスターンバークの「モロッコ」などに比べて歯切れが悪くてアクセントの弱い作品のように思われる。見ていて呼吸のつまるような瞬間が乏しく、全体になんとなくものうい霧のようなもののかかった感じがする。
 役者では主役のピエールよりも脇役《わきやく》のニコラというロシア人がわざとらしくないいかにもその人らしいところがよかった。イルマという女の知恵のない肉塊のような暗い感じ、マダム・ブランシュの神巫《シビル》のような妖気《ようき》などもこの映画の色彩を多様にはしている。
 いちばん深刻だと思われた場面は、最大速度で回る電扇と、摂氏四十度を示した寒暖計を映出したあとで、ブランシュの酒場の中の死んだような暑苦しい空気がかなりリアルに映写される。女主人公が穴蔵へ引っ込んだあとへイルマが蠅取《はえと》り紙を取り換えに来る、それをながめていたおやじの、暑さでうだった頭の中に獣性が目ざめて来る。かすかな体臭のようなものが画面にただよう。すると、おやじはのそのそ立ち上がり、「氷を持って来い」といいすてて二階へ上がる。
 その前の場面にもこの主人がマダムに氷を持って来いといって二階へ引っ込む場面がある。そのときマダムは「フン」といったような顔をして、まるで歯牙《しが》にかけないで、マニキュアを続けているのである。この場面が、あとの「氷をもって来い」でフラッシュバックされて観客の頭の中に浮かぶ。
 この「氷を持って来い」が結局大事件の元になっておやじはピエールに二階から突き落とされて死ぬ事になるのである。
 この摂氏四十度の暑さと蠅取
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