な插入が最後の「自由」のシーンと照応して生きてくるように思われる。それのみならず自分はこの映画いったいの仕組みの上からもいっさいの理屈をなくした心持ち気持ちのコンティニュイティとしての一種の俳諧を感じる。これは「パリの屋根の下」でも「百万両」でも感じたものであるが、この「自由をわれらに」でいっそうそう思わされるのである。
労働至上主義などというかび臭い説教はこの映画のどこからも自分には感じられない。この映画を見ていると工場の中で器械として働く人間は刑務所に働く囚徒と全く同じもののように思われる。学校生徒も同様である。この映画に現われる社交界の人々もやはり一種の囚徒であるように見えてくる。開場式のお歴々の群集も畢竟《ひっきょう》一種の囚徒で、工場主の晩餐会《ばんさんかい》の卓上に列《つら》なる紳士淑女も、刑務所の食卓に並ぶルンペンらも同じくギャングであり囚人の群れであるように思われてくる。
ルイとエミールはこれらのあらゆる囚獄を片端から打ち破り、踏み破って「自由」の世界へ踏みだして行くのである。晩餐会で腹をかかえて哄笑《こうしょう》するのもキュラソのビンで自分の肖像のどてっ腹に穴をあけるのも、工場と富とを投げ出してギャングの前にたたきつけるのもみんな自由へのパスポートである。
自由はどこにある。それは川面《かわも》の漣波《れんぱ》に、蘆荻《ろてき》のそよぎに、昼顔の花に、鳥のさえずりに、ボロ服とボロ靴《ぐつ》にあるのではないか。西行《さいぎょう》や芭蕉《ばしょう》は消極的に言えば世をのがれたに相違ないが、積極的に見ればこの自由を求めたとも見られる。
これはしかしただ自分がこの映画を見たときに偶然そう感じたというだけのことであって、もとより作者の意図ではないかもしれない。それにしてもこの作者のこの作品の中にどこかそういうエレメントが伏在していない限り、こういう見方の可能性を許すような作品が生まれることはないはずだとも言われはしないか。
世界じゅうでいくらかでも俳諧《はいかい》を理解する国民は、フランス人とロシア人であるらしい。おもしろいことには映画で俳諧の要素の認められるのはやはりロシア映画とフランス映画だけである。いっそうおもしろい事実はそもそも俳諧の本場であるわが日本の映画が、もっとも俳諧の欠乏したアメリカ映画にそっくりな手法ばかりを墨守していることである
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