して自動車の音、ピストルの響きの紋切り形があまりにうるさく幅をきかせ過ぎて物足りない。ほかにいくらでもいいものがあるのを使わないでいるような気がする。試みに自動車とピストルとジャズの一つも現われないトーキーを作ってみたいものである。
俳句にはやはり実に巧みに「声の影法師」を取り入れた実例が多い。たとえば「鉄砲の遠音《とおね》に曇る卯月《うづき》かな」というのがある。同じ鉄砲でもアメリカトーキーのピストルの音とは少しわけがちがう。「里見えそめて午《うま》の貝吹く」というのがある。ジャズのラッパとは別の味がある。「灰汁桶《あくおけ》のしずくやみけりきりぎりす」などはイディルレの好点景であり、「物うりの尻声《しりごえ》高く名乗りすて」は喜劇中のモーメントである。少なくも本邦のトーキー脚色者には試みに芭蕉《ばしょう》蕪村《ぶそん》らの研究をすすめたいと思う。
未来の映画のテクニックはどう進歩するか。次に来るものは立体映画であろうか。これも単に双眼《ステレオ》的効果によるものでなく、実際に立体的の映像を作ることも必ずしも不可能とは思われない。しかしそれができたとしたところでどれだけの手がらに
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