地は矢張り美しかつた。
中の湯あたりから谷が迫つて景色が峻しく荒涼な鬼気を帯びて来る。それが上高地へ来ると実に突然になごやかな平和な景色に変化する。鬼の棲家を過ぎて仙郷に入るやうな気がして昔の支那人の書いた夢のやうな物語を想出すのである。シー、ピー、スクラインがパミールの岩山の奥に「幸福の谷」を発見した記事を読んだときに所謂武陵桃源の昔話も全くの空想ではないと思つたことであつたがその武陵桃源の手近な一つの標本を自分は今度雨の上高地に見出したやうである。
底本:「現代日本紀行文学全集 中部日本編」ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日初版発行
初出:「登山とスキー」
1935(昭和10)年10月
入力:林 幸雄
校正:門田裕志
2003年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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