が鳴いて蒸し暑さはいっそうはげしい。今折って来た野ばらをかぎながら二三町行くと、向こうから柴を負うた若者が一人上って来た。身のたけに余る柴を負うてのそりのそりあるいて来た。たくましい赤黒い顔に鉢巻《はちまき》をきつくしめて、腰にはとぎすました鎌《かま》が光っている。行き違う時に「どうもお邪魔さまで」といって自分の顔をちらと見た。しばらくして振り返って見たら、若者はもう清水《しみず》のへん近く上がっていたが、向こうでも振りかえってこっちを見た。自分はなんというわけなしに手に持っていた野ばらを道ばたに捨てて行く手の清水へと急いで歩いた。
七 常山の花
まだ小学校に通《かよ》ったころ、昆虫《こんちゅう》を集める事が友だち仲間ではやった。自分も母にねだって蚊帳《かや》の破れたので捕虫網を作ってもらって、土用の日盛りにも恐れず、これを肩にかけて毎日のように虫捕《むしと》りに出かけた。蝶蛾《ちょうが》や甲虫《かぶとむし》類のいちばんたくさんに棲《す》んでいる城山《しろやま》の中をあちこちと長い日を暮らした。二の丸三の丸の草原には珍しい蝶やばった[#「ばった」に傍点]がおびただしい。
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