火山の名について
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)似通《にかよ》った
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)簡単|明瞭《めいりょう》な
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#キャロン付きE小文字、1−10−46]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Kimpu(Kibo^)〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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日本から南洋へかけての火山の活動の時間分布を調べているうちに、火山の名前の中には互いによく似通《にかよ》ったのが広く分布されていることに気がついた。たとえば日本の「アソ」、「ウス」、「オソレ」、「エサン」、「ウンセン」等に対してカムチャツカの「ウソン」、マリアナ群島の「アソンソン」、スマトラの「オサール」などがあり、またわが国の「ツルミ岳」、「タルマイ山」、「ダルマ山」に対しジャヴァの「ティエリマイ」、「デラメン」などがあるという類である。それで、これは偶然の暗合であるか、あるいはこれらの間にいくぶんかの必然的関係があるかをできるなら統計学的の考えから決定したいと思ったのである。
この統計の基礎的の材料として第一に必要なものは火山名の表である。しかしこの表を完全に作るということがかなりな難事業である。まずたくさんの山の中から火山を拾い出し、それを活火山と消火山に分類し、あるいは形態的にコニーデ、トロイデ、アスピーテ等に区別することは地質学者のほうで完成されているとしても、おのおのの山には多くの場合に二つ以上の名称がありまた一つの火山系の各峰がそれぞれ別々の名をもっているのをいかに取り扱うかの問題が起こる。
また火山の名が同時に郡の名や国の名であったりすることがしばしばある。その場合そのいずれが先であるかが問題となる。国郡のごとき行政区画のできるはるかに前から、火山の名が存し、それが顕著な目標として国郡名に適用されたであろうとは思われるが、これも確証することはむつかしい。
山の名の起原についてはそれぞれいろいろの伝説があり、また北海道の山名などではいかにももっともらしい解釈が一つ一つにつけられている。これをことごとく信用するとすれば自分の企てている統計的研究の結果が、できたとしても、それは言語学的に貢献することは僅少《きんしょう》となるであろう。しかし自分の見るところではこれらの伝説は自然科学的の立場から見ればほとんど無価値なものであり、またアイヌ語による解釈も部分的には正しいかもしれないが到底全部が正しくないことは、人によって説の違う事実からでも説明される。
それで唯一の科学的方法はこれらのあらゆる不確実な伝説や付会説をひとまず全部無視して、そうして現在の山名そのものを採り、全く機械的に統計にかけることである。たとえば硫黄岳《いおうだけ》とか硫黄山と言っても、それがはたして硫黄を意味するものであるか実は不明である。のみならずむしろあとから「硫黄《いおう》」をうまくはめ込んだものらしいと思われるふしもある。むしろ北海道の岩雄山《いわおやま》や九州の由布岳《ゆふだけ》などと関係がありはしないかと疑われる。ともかくもこれらの名前を一定の方式に従って統計的に取り扱い、その結果がよければ前提が是認され、悪ければ否定されるのである。
完全な材料はなかなか急には得難いので、ここではまず最初の試みとして東京天文台編「理科年表」昭和五年版の「本邦のおもな火山」の表を採ることにする。これは現在の目的とはなんの関係なしに作られたものであるから、自分の勝手がきかないところに強みがある。これを採用するとした上で山名の読み方が問題となるが、これは「大日本地名辞書」により、そのほかには小川《おがわ》氏著「日本地図帳地名索引」、また「言泉」等によることにした。それにしても、たとえば海門岳《かいもんだけ》が昔は開聞でヒラキキと呼ばれ、ヒラキキ神社があるなどと言われるとちょっと迷わされるが、よくよく考えてみるとむしろカイモンが始めであろうとも考えられる節があり、千島《ちしま》のカイモンと同系と考えるほうがよさそうにも思われ、少なくも両方に同等の蓋然性《がいぜんせい》がある。それでこれらもすべて現在の確実な事実としての名だけを採る事にする。千島の分だけはいろいろの困難があるので除き、また台湾《たいわん》、朝鮮《ちょうせん》も除く事とする。
さて Aso, Usu, Uns(z)en, Esan の四つを取ってみる。これはいずれも母音で始まり、次に子音で始まる綴音《てつおん》が来る。終わりのnは問題外とする。
一般に母音で始まり次にいずれか任意の一つの子音の来る場合が火山の表中で何個あるかを数えてみる。この数を N(VC) で表わす。するとこの中である特定の一つの子音、たとえばSならSが出現するという事のプロバビリテーはいくらか。この確率は可能な子音の種類の数(Qとする)の逆数となる。それで全然偶然的暗合ならば現われるべきこの型の火山名の数nは N(VC)÷Q になるはずである。しかるに実際にはこの特定型のものがm個あるとする(アソの場合では m = 4 )。さすれば
[#ここから5字下げ]
R = 実際数m/偶然数n = mQ/N(VC)[#「実際数m/偶然数n」「mQ/N(VC)」は分数]
[#ここで字下げ終わり]
なる比が大きいほど暗合でないらしい、何か関係があるらしい確率が増すのである。少なくもm個のうちの若干は互いに関係がありそうだということになるであろう。もっとも厳密に言えばこのほかに日本語の特徴としてはこのような組み合わせの現われる一般的の確率を考慮に入れるべきであるが、これは容易でないからしばらく度外視する。
子音数Qをどう取るかがかなりむつかしい問題になるが、「アソ」の場合は、かりにこれを9と取る。すなわち(k, g)(s, z)(t, d)(n)(p, b, h)(m, b, mb, np)(y)(r)(w)の9とする。また山名としては山・岳・島・登・ヌプリ・峰等の文字を引き去った残りだけを取り扱う事にする。ただし白山《はくさん》・月山《がっさん》はそのままに取る。またシラブルの終わりのnは除外することにする。
まず歴史時代に噴火の記録のあるものだけについて見ると N(VC) = 8 である。(ただし硫黄、岩雄も iwo, iwao としてこの部分に算入する。すなわちわざと都合の悪いほうを選ぶのである。)さすれば R = 4×9÷8 = 4.5 となる。少し虫のよい取り方をして硫黄、岩雄を Yuwo, Yuwao と見て除けば N(VC) = 4 となり R = 9 となる。
次に消火山活火山をも合わせて取り扱う場合には、N'(VC) = 11 となり、R = 3.3 に減ずるが、硫黄・岩雄の頭がyなる子音だとして、このアソ型から除けば R = 5.1 となる。
次に Koma(駒《こま》が岳《たけ》), Kaimon, Kume(久米島《くめしま》), 〔Kimpu(Kibo^)〕, Kampu, Kombu, Kamui を取れば m = 7 である。この場合は子音始まりで子音二つの場合として、一般の子音二つのものの数 N(CC) を求めると、消火山も入れてであるから N(CC) = 48 である。ここでも子音数をQとする偶然の確率は 1÷Q(Q−1)(ただし子音二つが異なるとして)であるから
[#ここから5字下げ]
R = mQ(Q−1)/N(CC)[#「mQ(Q−1)/N(CC)」は分数]
[#ここで字下げ終わり]
Q = 9, m = 7, N = 48 であれば R = 10.5 となる。活火山だけだと m = 2 なる代わりに N = 14 となるので R = 10.3 でやはりほぼ同値となる。いずれにしても偶然の場合とは桁数《けたすう》がちがって多い。この場合でも一般の日本語に km なる結合の起こる確率を考慮に入れて補正すればよいが、これはしばらく省略するほかはない。しかしこれは現在の場合結果の桁数を変えるほどの影響がありそうもないことは少しあたってみてもわかると思う。
Turumi, Tarumai, Daruma の場合は、活火山だけだとタルマイ一つ、すなわち m = 1 で統計価値があまりに少ないから、消火山も入れて n = 3 の場合を考える。この場合は子音三つであってNの最多数な場合である。それでもしこの場合の数 N(CCC) を現在の表中の火山の総数に等しいと取れば、これは結果のRを少なくするほうの取り方であるからこれで得られたRが大きければ、ほんとうはもっと大きい事になる。それでかりにそうしてみる。さすればこの場合 N(CCC) = 167, m = 3 また子音三個の組み合わせの順列の数は 9×8×7 = 504 であるから、R = 3×504÷167 = 9.0 強となる。
鳥海山はトリノウミと言ったらしい形跡があるので、これも入れるとするとRはさらに四分の五倍だけに増すわけである。
次に問題になるのは 〔F(H)uz(d, t)i, Hiuti, Kudyu^, Ko^du(sima), Kuti(no sima)〕 の類である。KとHは日本語でもしばしば転化するからここではかりに同じと見て、次のような子音分類をする。すなわち(k, g, h, f)と(t, d, s, z)とを対立させると子音群数は Q = 7 となる。この場合 N(CC) = 48 であって m = 9(火山名略)であるから R = 7.6 となる。
次には Yuwoo, Yuwao, Yufu を取り三つの「硫黄《いおう》」を名とする火山を三つに数えると n = 5 となり、子音数9とすれば R = 5×72÷47 = 7.5 となる。
以上の場合に得たRの価はいずれも1に対して相当多いものである。従って単なる偶然と見る事は少しむつかしく思われて来るのである。もちろんこれらが全部関係があるということは言われないが、これらのうち若干は連関しているであろうということを暗示するには充分であると思う。それでもし偶然でないとすれば以上にあげたような言語要素がいろいろな形で他の火山名の中にも現われていはしないかと思われる。また一方で同じ要素が南洋その他の方面にありはしないかと思われる。また南洋の言語中には従来の言語学者の説のごとく世界じゅうの言語が混合しているとすれば逆に遠い外国の意外のへんにも同じ要素が認められはしないかという疑いが起こる。それで試みに同型の疑いのある火山名を次ページの表に列挙して将来の参考に供しておきたいと思うのである。中には現在の形での意味がかなり明白だと思うのがあってもかりに除かないで採録しておくことにする。(外国火山名はおもにウォルフによる。)
[#ここから表組]
第一表
アソ・アサマ型[#底本では、以下の(本邦)と(外国)を並べた表となっている]
(本邦)
Aso
Usu
Unsen, Unzen
Esan
〔Unsyo^(阿蘇の峰名)〕
〔O^zyo^( 〃 )〕
Osore
Rausu
Rausi
Rasyowa
Gwassan
Bessan(白山の一峰)
Buson
Nasu
Kasa
Kesamaru
Asakusa
Asitaka
Asahi
Usisir(千島の宇志知)
Asama
Aduma, Azuma
Sanbe
Sambon
Sumon
Samasana(火焼島)
Shumshu
Shimshir(千島の新知)
Izuna, Iduna
Udone
(外国)
Uson(カムチャツカ)
Assongsong(マリアナ)
Az
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