に明るい人の話が聞きたくなるのである。前に述べた二種の権威者は丁度これに似たものである。前者については一つ一つの温泉の詳しい事は分らないが各温泉の特徴については明瞭な知識を与え選択の手《た》よりになる。後者ではその温泉と他との比較は明らかにならない。
ともかくも学術上の権威者の一つの役目は丁度旅行者に対する案内者の役目である。京都見物を一定時日の間に最も有効にしようというには適当な案内者あるいはこれに代るべき案内書があると便利である。そうでないと往々重要なものを見落す虞《おそれ》がある。近頃|流行《はや》る高山旅行などではなおさらである。案内人なしにいい加減な道を歩いていると道に迷うてとんでもない災難に会わなければならない。
案内人として権威の価値は明らかであるが、同時に案内人の弊害もある事は割合に考える人が少ない。
通りすがりの旅人が金閣寺を見物しようとするには案内の小僧は甚だ重宝なものであるが、本当に自分の眼で充分に見物しようとするには甚だ不都合なものである。一通りの定まった版行《はんこう》で押した項目だけを暗誦的に説明してしまえばそれでもうおしまいで先様御代りである。少し詳
前へ
次へ
全11ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング