にははじめからあまり一つの問題にのみ執着して他の事に盲目になるのも考えものではないかと思うのである。
抽象的な議論よりも、まず一番手近な自分自身の経験を語る方が学生諸君のために、却って参考になるかもしれないと思って、同僚先輩には大いに笑われるつもりでこんなことを書いてしまった。しかし、この個人的な経験はおそらく一般的には応用が利かないであろうし、ましてや、科学の神殿を守る祭祀《さいし》の司《つかさ》になろうと志す人、また科学の階段を登って栄達と権勢の花の山に遊ぼうと望む人達にはあまり参考になりそうに思われないのである。ただ科学の野辺に漂浪して名もない一輪の花を摘んではそのつつましい花冠の中に秘められた喜びを味わうために生涯を徒費しても惜しいと思わないような「遊蕩児《ゆうとうじ》」のために、この取止めもない想い出話が一つの道しるべともなれば仕合せである。[#地から1字上げ](昭和九年四月『帝国大学新聞』)
底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
1997(平成9)年3月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
1985(昭和60)年7月
※この作品は「帝
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