って、さらに次の考えを呼び起こす、というのが実際の現象であるように思われる。こういう創作者の心理はまた同時にその作品を読む読者の心理でなければならない。ある瞬間までに読んで来たものの積分的効果が読者の頭に作用して、その結果として読者の意識の底におぼろげに動きはじめたある物を、次に来る言葉の力で意識の表層に引き上げ、そうして強い閃光《せんこう》でそれを照らし出すというのでなかったら、その作品は、ともかくも読者の注意と緊張とを持続させて、最後まで引きずって行くことが困難であろう。これに反してすぐれた作家のすぐれた作品を読む時には、作家があたかも読者の「私」の心の動きや運びと全く同じものを、しかしいつでもただ一歩だけ先導しつつ進んで行くように思われるであろう。「息もつけないおもしろさ」というのは、つまり、この場合における読者の心の緊張した活動状態をさすのであろう。案を拍《う》って快哉《かいさい》を叫ぶというのは、まさに求めるものを、その求める瞬間に面前に拉《らっ》しきたるからこそである。
 こういう現象の可能なのは、畢竟《ひっきょう》は人間の心の動き、あるいは言葉の運びに、一定普遍の方則、あ
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