電磁場に置き、あるいは紫外線X線を作用させあるいはスペクトル分析にかける。そうしてこれらに対する反応によってその問題の対象の本性を探知すると同時に、一方ではまたそれらの種々の環境因子に通有な性質と作用の帰納に必要な資料を収集するのである。ただ物質と物質的エネルギーの場合とちがって、対象のすべてが作者の中にあるのであるから、その作者が最も鋭利な観察と分析と総合の能力をもっていない限り、これらの実験が失配に終わることはもちろんである。
しかし、こういう実験が可能であるということは古来今日に至るまでのあらゆるすぐれた作品がこれを証明している。シェークスピアとかドストエフスキーとかイブセンとかいう人々は、人間生死の境といったような重大な環境の中に人間をほうり込んで、試験檻《しけんおり》の中のモルモットのごとくそれを観察した。しかしまたチェホフのような人は日常|茶飯事的《さはんじてき》環境に置かれた人間の行動から人性の真を摘出して見せた。そうしてわが日本の、乞食坊主《こじきぼうず》に類した一人の俳人|芭蕉《ばしょう》は、たったかな十七文字の中に、不可思議な自然と人間との交感に関する驚くべき実験
前へ
次へ
全55ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング