方則が設定されるまでに、この問題に関して行なわれた実験的研究の数はおびただしいものであろう。たとえば大砲の砲腔《ほうこう》をくり抜くときに熱を生ずることから熱と器械的のエネルギーとの関係が疑われてから以来、初めはフラスコの水を根気よく振っていると少し温《あたた》まるといったような実験から、進んで熱の器械的当量が数量的に設定されるまで、それからまた同じように電気も、光熱の輻射《ふくしゃ》も化合の熱も、電子や陽子やあらゆるものの勢力が同じ一つの単位で測られるようになるまでに行なわれて来た実験の種類と数とは実に莫大《ばくだい》なものである。
 人間の心の方則に従ってわれわれの周囲に起こっている現象はあまりに複雑である。それだけを見て方則をうかがうには何よりも環境条件があまりに漠然《ばくぜん》としていてつかまえ所がない。そこでわれわれはいろいろの仮想的実験を試みる。たとえばある一人の虚無的な思想をもった大学生に高利貸しの老婆を殺させる。そうして、これにかれんな町の女や、探偵《たんてい》やいろいろの選まれた因子を作用させる。そうして主人公の大学生が、これに対していかに反応するかを観察する。これは
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