ックス》の無限な変化によって、無限に多様な変化を見せるであろう。さらにもっともっと複雑な例を取って、たとえば人がその愛する人の死に対していかに感じいかに反応しいかに行動するかという場合になると、もはや決定さるべき情緒や行為を数量的に定めることもできないのみならず、これに連関する決定因子やその条件のどれ一つとして、物理的方法の延長の可能範囲に入り込むものはなくなってしまうのである。
 それにもかかわらず、以上の考察は一つの興味ある空想を示唆する。すなわち、人間の思惟《しい》の方則、情緒の方則といったようなものがある。それは、まだわれわれのだれも知らない微分方程式のようなものによって決定されるものである。われわれはその式自身を意識してはいないがその方則の適用されるいろいろの具体的な場合についての一つ一つの特殊な答解のようなものを、それもきわめて断片的に知っている。そうして、それからして、その方程式自身に対する漠然《ばくぜん》とした予感のようなものを持っているのである。それで、今もしここに一人のすぐれた超人間があって、それらの方程式の全体を把握《はあく》し、そうしていろいろな可能な境界条件、
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