まってしまうのである。こういう意味で、数学というものは一種の「自働作文器械」とでも言われないことはないのである。しかし、事実は決してそれほど簡単ではない。ことに数学を物理的現象の研究に応用する場合になると、数学は他の畑から借用して来た一つの道具であって、これをどう使うかという段になると、そこにもう使用者の個性が遠慮なく割り込んで来る。それならばこそ、一つの同じ問題を取り扱った数理物理学的論文が、著者によっていろいろな違った内容と結論を示すのである。最初の問題のつかみ方、計算の途中に入り込む仮定や省略のしかたによって少しずついろいろ違った結論に達する。しかもそれらの各種の論文は互いに相《あい》鼎立《ていりつ》して、どちらも、それ自身としては正当でありうるのである。ただそれらの間の優劣を区別する場合の目標は、著者の主観によって選まれた問題の構成のしかたとその解法の選択いかんによって決定されるのであって、この優劣判断の際には、また審判者の個性のいかんによって、必ずしも衆議一決というわけに行かない場合がある。
 文学の場合でも、たとえば、ある史実を取り扱った戯曲を作るとすれば、作者の個性の差別によって、千差万別ありとあらゆる作品が可能であって、そうして、そのいずれもが傑作でもありうるのである。しかも物理学の場合などとは到底比較にならない多種多様の変化を示しうることはもちろんである。
 物理学で用いられる数学の中でも最も重要なものはいわゆる微分方程式である。これは物理学的ないろいろな量の相互の関係を決定する数式であるが、それがそれらの量自身の間の関係を示すだけでなく、一つの量が少し変わったときに他の量がそれにつれて少し変わる、その変化の比率を示すところのいわゆる微分係数によって書き現わされた関係式である。こういう微分方程式の一つの著しい特徴は、その式だけでは具体的の問題は一つも決定されない。すなわち一つの式が無限に多種多様な一群の問題のすべてを包括しており、また同時にそれらのおのおのをも代表しているのである。それで、もし、この式のほかに、場合によっていろいろ数はちがうが、とにかく数個の境界条件(boundary conditions)ならびに当初条件(initial conditions)を表示する数式を与えると、そこで始めて一つの具体的な問題が設立され、設立されると同時に少
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