で観察力の弱い人は、言わば一生を退屈して暮らすようなものかもしれません。諸君も今のうちにこの観察力を養っておく事が肝要だろうと思います。それでさし当たりこの夏休みに海岸へでも行かれる人のために何か観察の材料になりそうな事を少しばかりお話ししましょう。
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 だれでも海べに出ていちばん見飽かずおもしろいと思うのは、遠い沖の果てから寄せて来ては浜に砕ける、あの波でしょう。見慣れない人の目には、海の水は、まるで生きているもののような気がすると言います。実際波はある意味で生きている。すなわち物理学などで言う「仕事」をする能力があります。しかし、惜しい事には、この能力は人間に都合のよいほうにはあまり使われないで、かえって海岸を破壊したり、またせっかく築いた港を砂で埋めたりするほうに使われています。海岸の崖《がけ》などはたいてい陸地をこわしている場所ですから、よく気をつけてごらんなさい。このような能力を何か有益な事に利用したいと思って、くふうした人はあるが、まだあまり成効した人はありません。
 波の勢力の源は風であります。時には数百里も遠い大洋のまん中であばれている台風のため
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