な心臓は老人の意のままに高く低く鼓動した。夜ふけて帰るおのおのの家路には木の陰、川の岸、路地の奥の至るところにさまざまな化け物の幻影が待ち伏せて動いていた。化け物は実際に当時のわれわれの世界にのびのびと生活していたのである。中学時代になってもまだわれわれと化け物との交渉は続いていた。友人で禿《はげ》のNというのが化け物の創作家として衆にひいでていた。彼は近所のあらゆる曲がり角《かど》や芝地や、橋のたもとや、大樹のこずえやに一つずつきわめて格好な妖怪《ようかい》を創造して配置した。たとえば「三角芝《さんかくしば》の足舐《あしねぶ》り」とか「T橋のたもとの腕真砂《うでまさご》」などという類である。前者は川沿いのある芝地を空風《からかぜ》の吹く夜中に通っていると、何者かが来て不意にべろりと足をなめる、すると急に発熱して三日のうちに死ぬかもしれない[#「かもしれない」に傍点]という。後者は、城山のふもとの橋のたもとに人の腕が真砂《まさご》のように一面に散布していて、通行人の裾《すそ》を引き止め足をつかんで歩かせない、これに会うとたいていは[#「たいていは」に傍点]その場で死ぬというのである。も
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