多くの学校の先生の信ずるごとくに簡単な問題ではないかもしれない。西洋のおとぎ話に「ゾッとする」とはどんな事か知りたいというばか者があってわざわざ化け物屋敷へ探険に出かける話があるが、あの話を聞いてあの豪傑をうらやましいと感ずべきか、あるいはかわいそうと感ずべきか、これも疑問である。ともかくも「ゾッとする事」を知らないような豪傑が、かりに科学者になったとしたら、まずあまりたいした仕事はできそうにも思われない。
しあわせな事にわれわれの少年時代の田舎《いなか》にはまだまだ化け物がたくさんに生き残っていて、そしてそのおかげでわれわれは充分な「化け物教育」を受ける事ができたのである。郷里の家の長屋に重兵衛《じゅうべえ》さんという老人がいて、毎晩|晩酌《ばんしゃく》の肴《さかな》に近所の子供らを膳《ぜん》の向かいにすわらせて、生《なま》のにんにくをぼりぼりかじりながらうまそうに熱い杯をなめては数限りもない化け物の話をして聞かせた。思うにこの老人は一千一夜物語の著者のごとき創作的天才であったらしい。そうして伝説の化け物新作の化け物どもを随意に眼前におどらせた。われわれの臆病《おくびょう》なる小さ
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