た平滑な岩盤が適当な場所から発する音波を反響させるのだという事は今日では小学児童にでもわかる事である。岩面に草木があっては音波を擾乱《じょうらん》するから反響が充分でなくなる事も多くの物理学生には明らかである。しかしこれらの記録中でおもしろいと思わるるのは、ある書では笛の音がよく反響しないとあり、他書には鉦《かね》鼓鈴のごときものがよく響かないとある事である。笈埃随筆では「この地は神跡だから仏具を忌むので、それで鉦や鈴は響かぬ」という説に対し、そんなばかな事はないと抗弁し「それならば念仏や題目を唱えても反響しないはずだのに、反響するではないか」などという議論があり、結局|五行説《ごぎょうせつ》か何かへ持って行って無理に故事《こじ》つけているところがおもしろい。五行説は物理学の卵であるとも言われる。これについて思い出すのは十余年前の夏|大島《おおしま》三原火山《みはらかざん》を調べるために、あの火口原の一隅《いちぐう》に数日間のテント生活をした事がある。風のない穏やかなある日あの火口丘の頂に立って大きな声を立てると前面の火口壁から非常に明瞭《めいりょう》な反響が聞こえた。おもしろいので試
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