った他の例は「鎌鼬《かまいたち》」と称する化け物の事である。
 鎌鼬の事はいろいろの書物にあるが、「伽婢子《おとぎぼうこ》」という書物によると、関東地方にこの現象が多いらしい、旋風が吹きおこって「通行人の身にものあらくあたれば股《もも》のあたり縦さまにさけて、剃刀《かみそり》にて切りたるごとく口ひらけ、しかも痛みはなはだしくもなし、また血は少しもいでず、うんぬん」とあり、また名字正しき侍にはこの害なく卑賤《ひせん》の者は金持ちでもあてられるなどと書いてある。ここにも時代の反映が出ていておもしろい。雲萍雑誌《うんぴょうざっし》には「西国方《さいごくがた》に風鎌《かざかま》というものあり」としてある。この現象については先年わが国のある学術雑誌で気象学上から論じた人があって、その所説によると旋風の中では気圧がはなはだしく低下するために皮膚が裂けるのであろうと説明してあったように記憶するが、この説は物理学者には少しふに落ちない。たとえかなり真空になってもゴム球か膀胱《ぼうこう》か何かのように脚部の破裂する事はありそうもない。これは明らかに強風のために途上の木竹片あるいは砂粒のごときものが高速度
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