の片すみの一課などに任しておくべきものではないとも思われる。
 もっともいうまでもなく現在の新聞というものも本来はこの仮想的の一大機関と同じような役目を果たすために生まれたものであろう。ただそれが遺憾ながら理想的に行っていないために、ここにこのような問題が起こったわけである。

 私の思考実験はまだわずかにこの程度までしか進んでいない。充分な洗錬を経ない以上、基礎前提にもまた推考の論理にも欠陥が多いかもしれない。それにもかかわらず私はこれだけの「実験」によって新聞というものに対する自分の考えにいくぶんかの進展を得、そして従来とはいくらか違った目で新聞に対する事ができるようになった。
 こんな実験をやっている矢先に都下の有力な新聞で旬刊が発行されるようになった。私の思考実験の一半はすでに現実化されたようでもあるが、残る半分すなわち日刊の廃止という事はちょっと実現される蓋然性《がいぜんせい》が乏しい。
 しかし旬刊週刊等の発行によって個人個人にこの実験を不完全ながらも遂行する事が可能になったように見える。すなわち旬刊週刊だけを読んで日刊には手を触れない事にすれば目的は達せられそうである。
 私は軽卒にこの実験を人に強《し》うる気はないが、ともかくもまず自分で試みたいという希望はもっている。しかし現在の旬刊や週刊が依然として日刊と並行して出ている限り、またその編集方法が私の考えているのと同一でないとすると、結局私の考えている思考実験は到底実行する事はできそうもない。
 日刊全廃というような問題を直ちに実行問題として考えるという事はあまりに現実を無視した痴人の夢であるかもしれない。しかし前にも述べたように、これをともかくも一つの思考実験としてできるだけ慎重に徹底的に考えてみるという事は、新聞読者にとってもまた新聞当事者にとってもかなりおもしろくもありまた有益な仕事であるに相違ない。そしてその結果はおそらくだれにもなんらの損害をも与えるような性質のものではないと信じている。
[#地から3字上げ](大正十一年五月、中央公論)



底本:「寺田寅彦随筆集 第二巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1947(昭和22)年9月10日第1刷発行
   1964(昭和39)年1月16日第22刷改版発行
   1997(平成9)年5月6日第70刷発行
入力:(株)モモ
校正:かとうかおり
2003年6月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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