だも工合がよくて、仕事がはかどり気持が明るかった。やはり病院よりは田舎の空気が安くて利き目がよかったのである。
 その後にもう一度、今度は浦和から志木《しき》野火止《のびどめ》を経て成増《なります》板橋の方へ帰って来るという道筋を選んでみた。志村から浦和まではやはり地図にない立派な道路が真直ぐに通っている。この辺の昔のままの荒川沿いの景色がこうしたモダーンな道路をドライヴしながら見ると、昔とはまた全く別な景色に見えるから妙である。道路が魔法師の杖のように自然を変化させるのである。
 志木の近くの水門で釣をしている人がある。運転手が橋の上で車を止めて通りかかった老爺《ろうや》に、何が釣れるかと聞いた。少し耳の遠いらしい老人は車の窓へ首を突込むようにして、「マアはやくらいだね。河が真直ぐになったからもう何も居ねえや」と云って眼をしょぼしょぼさせた。荒川改修工事がこの爺さんには何となく不平らしい。
 この日は少し曇っていて、それでいて道路の土が乾き切っているので街道は塵が多く、川越《かわごえ》街道の眺めが一体に濁っていた。
 巣鴨から上野へと本郷通りを通るときに、また新しい経験をした。毎週一
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