所の番兵のようにそびえているわけである。大垣《おおがき》米原《まいばら》間の鉄道線路は、この顕著な「地殻《ちかく》の割れ目」を縫うて敷かれてある。
 山の南側は、太古の大地変の痕跡《こんせき》を示して、山骨を露出し、急峻《きゅうしゅん》な姿をしているのであるが、大垣《おおがき》から見れば、それほど突兀《とっこつ》たる姿をしていないだろうという事は、たとえば陸地測量部の五万分一の地形図を見ても、判断する事ができる。大垣停車場から、伊吹山頂、海抜一三七七メートルの点までの距離が、ほとんどちょうど二十キロメートル、すなわちざっと五里である。それから計算してみると、大垣から見た山頂の仰角は、相当に大きく、たとえば、江《え》の島《しま》から富士を見るよりは少し大きいくらいである。従って大垣道から見て、この山はかなり顕著な目標物でなければならない。もっとも伊吹以北の峰つづきには、やはり千メートル以上の最高点がいくつかあるから、富士のような孤立した感じはないに相違ない。
 問題の句を味わうために、私の知りたいと思った事は、冬季伊吹山で雨や雪の降る日がどれくらい多いかという事であった。それを知るに必要な材料として伊吹山および付近の各地測候所における冬季の降水日数を調べて送ってもらった。その詳細の数字は略するが、冬期すなわち十二月一月二月の三か月中における総降水日数を、最近四か年について平均したものをあげてみると、次のようである。

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伊吹山  六九、二    岐阜《ぎふ》   四十、二
敦賀《つるが》   七二、八    京都   四九、二
彦根《ひこね》   五九、〇    名古屋《なごや》  三〇、二
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 すなわち、伊吹山は敦賀には少し劣るが、他の地に比べては、著しく雨雪日の数が多い、名古屋などに比べると、倍以上になるわけである。冬季三か月間、九十日のうちで、約六十九日、すなわち約七十七パーセントは雨か雪が降る勘定である。筒井氏の調査によると、冬季降雪の多い区域が、若狭《わかさ》越前《えちぜん》から、近江《おうみ》の北半へ突き出て、V字形をなしている。そして、その最も南の先端が、美濃《みの》、近江、伊勢《いせ》三国の境のへんまで来ているのである。従って、伊吹山は、この区域の東の境の内側にはいっているが、それから東へ行くと降雨日数が
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