自分らのようなつむじ曲がりの読者にとっては、むしろ来るはずの大臣がその日来なかったという偶然の個別現象に興味があり、また論文を発表したある若い学者がちょうどその晩よそへ遊びに行ってそこで合奏をやっていた事実に意義を認めるのであるが、それを事実有りのまま書いたのでは、ジャーナリズムの鉄則に違反するものと見える。こういう事実を初めて発見してひどく感心してしまったことがあったのである。
このジャーナリズムの一相と見らるる「事実の類型化」はある意味では確かにうそをつくことであるが、しかしまたよく考えてみると、これは具体的個別から抽象され一般化された規準的事実の記述だと解釈されないこともない。
物理学の初歩の教科書を見ると、地球重力による物体落下の加速度は毎秒毎秒九・八メートルであると書いてある。しかしデパートの屋上から落とした一枚の鼻紙は決してこの方則には従わないのである。重力加速度に関する物理の方則は空気の抵抗や風の横圧や、偶然の荷電や、そんなものの影響はぬきにして、重力だけが作用する場合の規準的の場合を捕えて言明しているのである。そうしてまた、加速度の数値を五けた六けたまでも詳しく云為
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