飛行船が北氷洋上で氷原をとった写真を現像したら思いもかけぬ飛行機の氷の上に横たわる姿が現われたので、これはきっと先年行くえ不明になった有名な老探検家の最後を物語るものだろうという事になったが、よくよく調べてみると、これは写真技師がうっかり一枚のフィルムに二度写しをやったために、平凡な無事な飛行機の幽霊が極北の氷上に出現したことになったのだそうである。われわれの記憶にはこんな失策は有りがちであるが、このようなカメラの思いちがいは珍しい。活動映画のオーヴァーラップの技巧はつまり故意にこのカメラの記憶のアベレーションを利用して観客の心のアベレーションを誘発しようとするのであろう。このごろのアサヒグラフの表紙裏に出ている二重写しのお慰みの当てものなどはいちばん罪が浅いほうであろう。
 カメラをさげて歩いている途中で知人に会ってちょっと立ち話をするとする。そのとき、相手の人によると自分のカメラをさげていることなどにはあまり無関心なように見えるが、また人によると、何よりも第一にすぐ写真機に目をつける人もある。同病相哀れむゆえんであろうか。
 いちょうの黄葉は東京の名物である。しかしいくらとっても写
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