の軍事的活動の舞台でも主役を勤めていたので、その頃の彼の書斎は机の上も床の上もタイプライターでたたいた報告書類などで埋まっていた。
レーリーの航空趣味は久しいものであった。子供の時分に燈火をつけた紙鳶《たこ》を夜の空に上げて田舎の村人を驚かし、一八九七年には箱形の紙鳶を上げ、糸を樹につないだまま一晩揚げ切りにしておいたこともあった。一八八三年には鳥の飛翔について、『ネーチュアー』誌に通信を寄せた。これがリリエンタールの滑翔の研究を刺戟したことは本人からレーリーに寄せた手紙で分る。ライト兄弟もまたレーリーの影響を受けたらしい形跡がある。一九〇〇年マンチェスターでの講演では飛行機の原理を論じ、ヘリコプテルや垂直スクリューにも論及した。それで航空研究顧問委員会が組織されたときに彼が委員長になったのも偶然ではない。航空研究に関して彼の極めて重要な貢献は「力学的相似の原理」(Principle of dynamical similarity)の運用であった。これがなくてはすべての模型実験は役に立たないのである。短い論文ただ二つではあったが、これがこの方面の研究の基礎となった。
レーリーが公衆
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