楽しみの一つであった。昼飯後コーヒーを出す習慣が始まった頃、どうもだんだん世の中が贅沢になって困ると云い云いコップを手にした。午後の散歩には農園を見巡る事もあった。豚とその習性に興味があった。夏は散歩の代りにローンテニスもやった。かなりうまかったが、五十歳後は止めてしまった。実験室で一、二時間仕事をしてからお茶になる。一杯の茶が有効な刺戟剤であった。仕事の難点が一杯の茶をのんでしまうとするすると解決するということも珍しくなかった。お茶の後、ことに冬季はよく子供達と遊んだ。ポンチの漫画を見せたり、また Engineering 誌の器械の図を見せたり、また「ロンドンを見せてやる」と称して子供に股覗《またのぞ》きをさせ、股の間から出した腕をつかまえて、ひっくら返す遊戯をした。しかし子供の不従順に対しては厳格であった。「子供を打擲《ちょうちゃく》するのはいやなものだ、あと一日気持が悪い」と云った。六時に実験室へ行って八時まで仕事。着物を更《か》えて晩餐、食後新聞、雑誌、小説など。トランプもやった。若いうち就寝前の一時間を実験室か書卓で費やしたが、晩年はやめた。そうして、十一時から十二時頃までは
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