キる疑惑の眼も四方から光っていたために色々な不愉快も経験しなければならなかった。後年彼は「この仕事で得たものは愉快よりもむしろ苦痛の方が多かった」とつぶやいていた。しかし模範的に周到な注意によって築き上げた結果は、時の試練に堪えて、あらゆる懐疑者は泣寝入りとなった。アルゴンに次いで他の稀有ガスが発見された。今日我帝都の夜を飾るネオンサインを見る時に、吾々はレーリー卿の昔の辛苦を偲ぶ義務を感ずるであろう。
 一八九四―九六年に『音響学』の第二版が出た。これに増補された交流に関する章の一節は、十年ほど前に大英学術協会に提出したものであるが、その時どうした訳か出した論文原稿に著者の名が抜けていた。審査委員はつまらぬ人の寄稿だと思って危うくこの論文を落第させようとした。しかし著者の名が判ってから、早速及第ということになったのである。
 一八九五年に彼は再び心霊現象の実験に携わったが、やはり失望する外はなかった。この年の八月には Dieppe で疲労を休めた。その時母への手紙に "I suppose however that one's brain has a chance of recruiti
前へ 次へ
全58ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング