科学の系統を述べているのでないと思えばよい。
 磁石の作用を考えている中に「感応」の観念の胚子《はいし》、「力の場」「指力線」などの考えの萌芽《ほうが》らしいものも見られる。しかし全体としての説明は不幸にして今の言葉には容易に書き直されないものである。
 終わりには「病気」に関する一節があって、そこには風土病と気候の関係が論ぜられ、また伝染病の種子としての黴菌《ばいきん》のごときものが認められる。
 最後にアゼンスにおける疫病流行当時の状況がリアルな恐ろしさをもって描き出されている。マンローによればこれはおもにツキジデスを訳したものだそうであり中には誤謬《ごびゅう》もあるそうである。これは医者が読んだらさだめておもしろいものであろうと思う。この中には種々多様の悪疫の症状が混合してしるされているそうである。この一節はいわゆる空気伝染をなす病気の実例として付け加えられたものであろう。
 この疫病の記述によってルクレチウスの De Rerum Natura は終わっている。これはわれわれになんとなく物足りない感じを与える。ルクレチウスはおそらく、この後にさらに何物かを付加する考えがあったので
前へ 次へ
全88ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング