述べている。酒は流れやすいのに油が流動しにくいのは、後者の元子が「曲がりもつれ合っている」ためであると考えている。すなわち液体粘度の差を原子の形状から説明しようというのであるが、この問題は現在においても実はまだ充分には解決されていないものである以上、われわれは軽卒に彼の所説を笑う事はできない。
 われわれの官能を刺激する光、音、香、味は、いずれもおのおの目的物から飛来する元子による一種の触覚であるという考えである。そして、すべてわれわれに快い感覚を与える光音香味の元子は丸くなめらかであり、不快に感ぜらるるものの元子は角《かど》があり粗鬆《そしょう》であると考える。暑さと寒さの元子はいずれも刺《とげ》がある。その刺のある様子がちがうというような考えである。これらはもちろんかなり勝手な想像ではある。しかしたとえば芳香属《アロマティック》の有機化合物に共通なる環状分子構造のことなどを考えてみると、少なくも嗅覚《きゅうかく》味覚のごとき方面で、将来このような考えがなんらかの意味で確かめられないとは保証し難いように思われる。音や光でさえも、音波の形が音色を与え、光波の波長の大小が色彩を与える事を
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