は古い何物もないということを痛切に感じさせられたのであった。
 その後に私は友人|安倍能成《あべよししげ》君の「西洋哲学史」を読んで、ロイキッポス、デモクリトス、エピクロスを経てルクレチウスに伝わった元子論の梗概《こうがい》や、その説の哲学的の意義、他学派に対する関係等について多少の概念を得る事ができた、と同時にこの元子説に対する科学者としての強い興味を刺激された。しかしてこの説の内容についてもう少し詳しい知識を得たいという希望をもっていたが、われわれのような職業科学者にとっては、読まなければならない新しい専門的の書物があまりに多いために、どうも二千年前の物理学を復習する暇がないような気がして、ついついそのままになっていたのである。
 ところが、昨年の夏であったか、ある日|丸善《まるぜん》の二階であてもなくエヴリーマンス・ライブラリーをあさっているうちに
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Lucretius: Of the Nature of Things. A Metrical Translation by William Ellery Leonard.
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というのが目
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