れない。こういう人は西洋でも日本でも時々あって科学者を困らせる。しかしたいていの場合彼らの言う事は科学者の参考になるあるものを持っている。すなわち彼らはわれわれにLの要素を供給しうるのである。
もちろん座標中心の付近には科学者の多数が群集していて、中心から遠い所に僅少《きんしょう》の星が輝いているのである。
以上の譬喩《ひゆ》は拙ではあるが、ルクレチウスが現代科学に対して占める独特の位地を説明する一助となるであろう。
誤解のないために繰り返して言う。ルクレチウスのみでは科学は成立しない。しかしまたルクレチウスなしには科学はなんら本質的なる進展を遂げ得ない。
私は科学の学生がただいたずらにL軸の上にのみ進む事を戒めたく思うと同時に、また科学教育に従事する権威者があまりにSK面の中にのみ学生を拘束して、L軸の方向に飛翔《ひしょう》せんとする翼を盲目的に切断せざらん事を切望するものである。
最後に私はこの一編の未熟な解説が、ルクレチウスの面影の一側面をも充分正確に鮮明に描出することを得なかったであろうことを恐れる。そうしてこの点について読者の寛容をこいねがうものである。
ルクレチウスを読み、そうしてその解説を筆にしている間に、しばしば私は一種の興奮を感じないではいられなかった。従って私の冷静なるべき客観的紹介の態度は、往々にしてはなはだしく取り乱され、私の筆端は強い主観的のにおいを発散していることに気がつく。また一方私はルクレチウスをかりて自分の年来培養して来た科学観のあるものを読者に押し売りしつつあるのではないかと反省してみなければならない。しかし私がもしそういう罪を犯す危険が少しもないくらいであったら、私はおそらくルクレチウスの一巻を塵溜《ごみため》の中に投げ込んでしまったであろう。そうしてこの紹介のごときものに筆を執る機会は生涯《しょうがい》来なかったであろう。
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(1) ルクレチウスの atom. 現代の原子と区別するためにかりに元子と訳する。
(2) Newton, Opticks, pp. 375, 376, Second edition, 1718.
(3) L'Illustration, 7 Juillet, 1928.
(4) Daly, Igneous Rocks and their Origin
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