たのが、捲線が次第に黴《か》びたり、各部の絶縁が一体に悪くなったりしたために感度が低下し、その上にラジオ商が外見だけは同じで抵抗もインダクタンスもまるでいい加減なコイルを取換えたりしたために、感度は一桁も二桁も下がったと思われる。しかしラジオ商や百貨店ラジオ係が自分の店でそれを試験する場合には、高い長いアンテナを使い、完全なアースを使って試験するのであるから、感度の低い機械でもちゃんと立派に聞こえ、何不足もない機械としか見えないであろう。これは求めるものと与えるものとの意志の疎通せぬためである。此方《こっち》ではツァイスの顕微鏡を要求しているのに露店で売っている虫眼鏡をよこして「見える」「見える」と云って主張するようなものである。
 とにかくアンテナを拡張し、完全なアースをすれば聞こえるであろうと思われたが、それがおっくうであるのと、もう一つは、前述のような理由から元来熱心でないためとでついついそのままに放棄してあった。家族もやはり興味が冷却したと見えて、別にそれで不満を感じることもないようであった。それが近頃になって、どうかした機会に、近所のラジオ屋に来て見てもらったら、このラジオ屋
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