によってその歯噛みの動作の反応作用から日本人が生理的並びに心理的にだんだんアメリカ人のようなものに接近して行くというようなことはあり得ないものか。そういう日が来れば我国の俳諧は滅亡するであろう。そうして同時に日本魂もことごとく消滅してしまうであろう。こんな極端な取越苦労のようなことまで考えさせられるのである。
 こういうことを書いている自分が、実はまだ一度もそのチューインガムなるものを口に入れたことがないのである。従ってここでいうところのチューインガム亡国論も畢竟《ひっきょう》はただ一場の空論に過ぎないと云われても仕方がないであろうが、しかしこの些末《さまつ》な嗜好品の流行の事実もそう軽々には見遁《みのが》すことの出来ないものではあろうと思われる。
 また考え直してみると日本という国は不思議な国であって古い昔から幾度となく朝鮮や支那やペルシアやインドや、それからおそらくはヘブライやアラビアやギリシアの色々の文化が色々の形のチューインガムとなって輸入され流行したらしいのであるが、それらが皆いつの間にか綺麗に消化されてしまって固有文化の栄養となったものらしい。それで俳諧でも「カピタンをつく
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