を引くようになったのは近頃のことである。
 チューインガムは、自分には、アメリカのヤンキーズムの象徴のように思われて仕方がない。アメリカ文化の特徴がことごとくこの奇妙な物質の中に集中され包含されているような気がするのであるが、その理由は分らない。
 アメリカ人には勉強家努力家がなかなか多い。ギャングも居るが真面目な努力家も多い。努力の余波が顎《あご》の筋肉に伝わって何かしら噛んでいたくなるのかとも考えてみた。自分の知っている老人で、機嫌が悪くて怒りたいのを我慢しているときに、入歯を止みなく噛み合わせるのが居た。またある精力家努力家で聞えた医者で患者を診察しながら絶えず奥歯を噛み合わせる人がある。昔から「歯噛《はが》みをなして」というのは腹を立てた人の形容ということに相場がきまっているくらいである。ともかくものんびりした気持やぽかんとした気持と、この歯噛みの動作とがよほど縁の遠いものであるだけはたしかであろう。
 心理学者の説によると、感情があとで動作がさきだということである。怒るという動作をしなければ怒りの感情は発育を遂げることが出来ずに消えてしまうそうである。この理窟を素人流《しろうとりゅう》に応用すると、歯を噛み合わせる動作によって緊張努力の気持が幾分かは助長されるという効果があるのかもしれない。
 顎の張った人は意志が強いというから、始終チューインガムを噛んで顎骨でも発育したらあるいは意志が強くなるというのかもしれない。
 こう考えて来ると少なくも彼《か》の税関吏の場合はやや従前とはちがった光の下に見直すことが出来る。税関吏の仕事は要するに一般にはあまり面白い仕事でないであろう。それを忠実に遂行《すいこう》するに要する努力の興奮剤としてチューインガムを使用しているとすれば、いくらか尤もらしく思われて来るのである。しかし銀座を歩いている二人の洋装婦人のチューインガムが何を意味するかはどうしても分らない。
 クーシューというフランス人は『アジアの詩人と賢人』と題する書物の一節において、およそ世界の中で日本人とアメリカ人と程にちがった国民は先ずないという意味のことを云っている。これには自分も同感であった。しかし事実において服装でも食物でも建物でもまたスポーツでもジャズでもチューインガムでも、現在|滔々《とうとう》として日本の社会のあるレヴェルを押し流しているものはこ
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