かる。こんな不完全な言葉を使った「論理」などは当てになるはずがない。煽動者の利器とする詭弁《きべん》の手品の種はここから出て来るのである。
十二
一と頃、学生の観客の多い映画館で、ニュース映画の中にたまたまソビエトの赤旗の行列などがスクリーンに現われると、観客席の暗闇から盛んな拍手が起るのであった。ことによると、自分の中にもどこかに隠れているらしい日本人固有の一番みじめな弱点を曝露されるような気がして暗闇の中に慚愧《ざんき》と羞恥《しゅうち》の冷汗を流した。
十三
健康な人には病気になる心配があるが、病人には恢復するという楽しみがある。瀕死を自覚した病人が万一なおったらという楽しみほど深刻な強烈な楽しみがこの世にまたとあろうとは思われない。古来数知れぬ刑死者の中にもおそらくは万一の助命の急使を夢想してこの激烈な楽しみの一瞬間を味わった人が少なくないであろう。
十四
日本人の名前をローマ字で書くのにいろいろの流儀がある。しかしまだ誰も Toyo Tomi Hide Yosi という風に書く人はないようである。しかし、
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