う一ぺん薬屋にわけを話して買って来たのだということであった。
 そのうちにN教授とM教授がやって来た。続いてN国領事のバロン何某と中年のスカンジナビア婦人が二人と駆けつけて来た。婦人たちがわりに気丈でぎょうさんらしく騒がないのに感心した。
 室の片すみのデスクの上に論文の草稿のようなものが積み上げてある。ここで毎日こうして次の論文の原稿を書いていたのかと思って、その一枚を取り上げてなんの気なしにながめていたら、N教授がそれに気づくと急いでやって来て自分の手からひったくるようにそれを取り上げてしまった、そうしてボーイを呼んでその原稿いっさいを紙包みにしてひもで縛らせ、それを領事に手渡しした。そうして、それを封印をして本国大学に送ってもらいたいというようなことを厳粛な口調で話していた。
 領事のほうからは、本国の家族から事後の処置に関する返電の来るまで遺骸《いがい》をどこかに保管してもらいたいという話があって、結局M教授の計らいでM大学の解剖学教室でそれを預かることになった。
 同教室に運ばれた遺骸に防腐の薬液を注射したのは、これも今は故人になったO教授であった。その手術の際にO教授が、露
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