騒ぎ声に交じって聞こえて来た。何事かと思って見ると、年の行かない下女が茶の間のまん中に立って大きな口をあけて奇妙な声を出しながら、からだをいろいろにねじらせている。それを四方から遠巻きに取り囲んで口々に何か言っているのである。
聞いてみると、背中にねずみがはいっているというのである。着物の間か羽織《はおり》の下かどのへんかと聞いてみても無意味な声を出すだけで要領を得ない。ねずみが動いたりするたびに妙な叫び声を出してはからだをゆさぶるばかりである。そっと羽織のすそを持って静かにかかげて見ると、かわいらしい子ねずみが四肢《しし》を伸ばして、ちょうどはり付けでもしたように羽織の裏にしがみついている。はげしく羽織を一あおりするとぱたりと畳に落ちた。逃げ出そうとするのを手早く座ぶとんで伏せて、それからあとは第一のねずみと同じ方法で始末をつけた。このかわいらしい生命の最後の波動を見ている時にはやはりあまりいい気持ちはしなかった。今までちゃんとそこにあった「生命」がふうと消えてしまう。このきわめて平凡で、しかもきわめて不可解な死の現象をいくらか純粋に考えてみる事のできるのはかえってこれくらいの小動
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