[#「ちび」に傍点]は閉口して逃げ出すかと思うとなかなかそうでなかった。時々小鳥のようなピーピーという泣き声を出しながらも負けずにかみつき引っかくのである。三毛が放すと同時に向き直ってすわったまま短いしっぽの先で空中に∞の字をかきながら三毛のかかって来るのを待ち受けていた。どうかするとちび[#「ちび」に傍点]は箪笥《たんす》と襖《ふすま》の間にはいって行く、三毛は自分ではいれないから気違いのようになって前足をさし込んで騒ぐ。その間に小猫は落ちつき払って向こう側へ出て来る。そうして相変わらず短いしっぽで、無器用なコンダクターのようにいろいろな∞の字を描いていた。
 名前はちび[#「ちび」に傍点]にしようという説があったが、そういう家畜の名はあるデリカシーからさけたほうがいいという説があってそれはやめになった。いいかげんにたま[#「たま」に傍点]と呼ぶ事にした。雄猫《おすねこ》にたま[#「たま」に傍点]はおかしいというものもあったが、それじゃ玉吉か玉助にすればいいという事になった。
 二つの猫の性情の著しい相違が日のたつに従って明らかになって来た。三毛が食物に対してきわめて寡欲で上品で貴族
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