の勇敢な子猫に対して何かしら今までついぞ覚えなかった軽い親しみあるいは愛着のような心持ちを感じた。猫というものがきわめてわずかであるが人格化されて私の心に映り始めたようである。
 それ以来この猫の母子《おやこ》はいっそう人の影を恐れるようになった。それに比例して子供らの興味も増して行った。夕食のあとなどには庭のあちらこちらに伏兵のようにかくれていて、うっかり出て来る子猫を追い回してつかまえようとしていたが、もうおとなにでもつかまりそうでなかった。あまりに募る迫害に恐れたのか、それともまた子猫がもう一人前になったのか、縁の下の産所も永久に見捨ててどこかへ移って行った。それでも時々隣の離れの庇《ひさし》の上に母子《おやこ》の姿を見かける事はあった。子猫《こねこ》は見るたびごとに大きくなっているようであった。そしてもう立派なひとかどのどろぼう[#「どろぼう」に傍点]猫らしい用心深さと敏捷《びんしょう》さを示していた。
 ねずみのいたずらはその間にも続いていた。とうとう二階の押し入れの襖《ふすま》を食い破って、来客用に備えてあるいちばんいい夜具に大きな穴をあけているのを発見したりした。もう子ね
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