くも普通のじゃれ方とはどうもちがう。あまりに真剣なので少しすごいような気のする事もあった。従順な特性は消えてしまって、野獣の本性があまりに明白に表われるのである。
蚊帳自身かあるいは蚊帳越しに見える人影が、猫には何か恐ろしいものに見えるのかもしれない。あるいは蚊帳《かや》の中の青ずんだ光が、森の月光に獲物をもとめて歩いた遠い祖先の本能を呼びさますのではあるまいか。もし色の違ったいろいろの蚊帳《かや》があったら試験してみたいような気もした。
じゃれる品物の中でおもしろいのは帯地を巻いておく桐《きり》の棒である。前足でころがすのはなんでもないが棒の片端をひょいと両方の前足でかかえてあと足でみごとに立ち上がる。棒が倒れるとそれを飛び越えて見向きもしないで知らん顔をしてのそのそと三四尺も歩いて行ってちょこんとすわる。そういう事をなんべんとなく繰り返すのである。どういう心持ちであるのか全く見当がつかない。
二階に籐椅子《とういす》が一つ置いてある。その四本の足の下部を筋かいに連結する十字形のまん中がちょっとした棚《たな》のようになっている。ここが三毛の好む遊び場所の一つである。何か紙切れのようなものを下に落としておいて、入り乱れた籐のいろいろのすきまから前足を出してその紙切れを捕えようとする。ころがり落ちると仰向けになって今度は下からすきまに足をかわりがわりにさし込んだりする。
このような遊戯は何を意味するかわれわれにはわからない。おそらくまだ自覚しない将来の使命に慣れるための練習を無意識にしているのかもしれない。
里帰りの二日間に回復したからだはいつのまにかまたやせこけて肩の骨が高くなり、横顔がとがって目玉が大きくなって来た。あまりかわいそうだから、もう一匹別のを飼って過重な三毛の負担を分かたせようという説があってこれには賛成が多かった。
ある日暮れ方に庭へ出ていると台所がにぎやかになった。女や子供らの笑う声に交じって聞きなれない男の笑い声も聞こえた。「イー猫《ねこ》だねえ」と「イー」に妙なアクセントをつけた妻の声が明らかに聞こえた。それは出入りの牛乳屋がどこかからもらって、小さな虎毛《とらげ》の猫を持って来たのであった。
まだほんとうに小さな、手のひらに入れられるくらいの子猫《こねこ》であった。光沢のない長いうぶ毛のようなものが背中にそそけ立っていた。その顔
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