番に問題となることは、いかにして地上の腐肉から発散するガスを含んだ空気がはなはだしく希薄にされることなしに百メートルの上空に達しうるかということである。ところが、これは物理学的に容易に説明せられる実験的事実から推してきわめてなんでもないことである。
たとえば長方形の水槽《すいそう》の底を一様に熱するといわゆる熱対流を生ずる。その際器内の水の運動を水中に浮遊するアルミニウム粉によって観察して見ると、底面から熱せられた水は決して一様には直上しないで、まず底面に沿うて器底の中央に集中され、そこから幅の狭い板状の流線をなして直上する。その結果として、底面に直接触れていた水はほとんど全部この幅の狭い上昇部に集注され、ほとんど拡散することなくして上昇する。もし器底に一粒の色素を置けば、それから発する色づいた水の線は器底に沿うて走った後にこの上昇流束の中に判然たる一本の線を引いて上昇するのである。
もしも同様なことがたぶん空気の場合にもあるとして、器底の色素粒の代わりに地上のねずみの死骸《しがい》を置きかえて考えると、その臭気を含んだ一条の流線束はそうたいしては拡散希釈されないで、そのままかなり
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