くわえた貯金を赤いむすこや娘が運動資金に持ち出したとすれば、その場合のさるは子供でかにはおやじである。さらにその子供を使嗾《しそう》して親爺《おやじ》の金を持ち出させた親ざるはやはり一種の搾取者である。
 桃太郎が鬼が島を征服するのがいけなければ、東海の仙境《せんきょう》蓬莱《ほうらい》の島を、鎚《つち》と鎌《かま》との旗じるしで征服してしまおうとする赤い桃太郎もやはりいけないであろう。
 こんなくだらぬことを赤白両派に分かれて両方で言い合っていれば、秋の夜長にも話の種は尽きそうもない。
 手ぬぐい一筋でも箸《はし》一本でも物は使いよう次第で人を殺すこともできれば人を助けることもできるのは言うまでもないことである。
 おとぎ話というものは、だいたいにおいて人間世界の事実とその方則とを特殊な譬喩《ひゆ》の形式によって表現したものである。さるやかにが出て来たりまた栗《くり》のいがや搗臼《つきうす》のようなものまでも出て来るが、それらは実はみんなやはりそういう仮面をかぶった人間の役者の仮装であって、そうしてそれらの仮装人物相互の間に起こるいろいろな事件や葛藤《かっとう》も実はほんの少しばかり
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