の山中を歩いていた時に、偶然にこの涼しさの成立条件を発見した。とその時に思ったことがある。蒸されるような暑苦しい谷間の坂道の空気の中へ、ちょうど味噌汁の中に入れた蓴菜《じゅんさい》のように、寒天の中に入れた小豆粒《あずきつぶ》のように、冷たい空気の大小の粒が交じって、それが適当な速度でわれわれの皮膚を撫《な》でて通るときにわれわれは正真正銘の涼しさを感じるらしい。
暑中に冷蔵庫へ這入《はい》った時の感じは、あれは正当なる涼しさとは少しちがう。あれは無意味なる沈鬱《ちんうつ》である。涼しさの生じるためには、どうも時間的にまた空間的に温度の短週期的変化のあることが必要条件であるらしい。
しかし、寒中に焚火《たきび》をしてもいわゆる「涼しさ」は感じないところを見ると、やはり平均気温の高いということが涼しさの第一条件でなければならない。そうしてその平均気温からの擬週期的変化《クワジペリオディック・ヴェリエーション》が第二条件であると思われる。この変化は必ずしも低温の方向に起らなくてもいいということは、暑中熱湯を浴びる実験からも分ると思う。たぶん温度が急激に降下するときに随伴する感覚であって
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