ある幻想曲の序
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)暖炉の煤《すす》けた空洞が現れる

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(例)[#地から1字上げ](大正十二年八月『明星』)
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         一

 何もない空虚の闇の中に、急に小さな焔が燃え上がる。墓原の草の葉末を照らす燐火のように、深い噴火口の底にひらめく硫火の舌のように、ゆらゆらと燃え上がる。
 焔の光に照らされて、大きな暖炉の煤《すす》けた空洞が現われる。焔は空洞の腹を嘗《な》めて頂上の暗い穴に吸い込まれる。穴の奥でひとしきりゴオと風の音がすると、焔は急に大きくなって下の石炭が活きて輝き始める。
 炉の前に、大きな肘掛椅子に埋もれた、一人の白髪の老人が現われる。身動き一つしないで、じっと焔を見詰めている。焔の中を透して過去の幻影を見詰めている。
 焔の幕の向うに大きな舞踊の場が拡がっている。華やかな明るい楽の音につれて胡蝶のような人の群が動いている。
 焔が暗くなる。
 木深い庭園の噴水の側に薔薇の咲き乱れたパアゴラがある。その蔭に男女の姿が見える。どこかで夜の
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