これも瞬間の驚きから回復したらしい十羽のひなを引率してしずしずと池の反対の側へ泳いで行くのであった。離婚問題も慰藉料《いしゃりょう》問題も鳥の世界には起こり得ないのである。
 自分の到着前には雄が二羽いたそうである。その中の一羽がむやみに暴戻《ぼうれい》で他の一羽を虐待する。そのたびに今もいる鴨羽《かもは》の雌《めす》は人間で言わば仲を取りなし顔とでもいったような様子でそば近く寄って行って、いつもとは少しちがった特殊な低い鳴き声を発していたそうであったが、そのうちにある日突然その暴君の雄鳥の姿が池では見られなくなったそうである。たぶん宿の廚《くりや》の料理人が引致して連れて行ったものらしく、ともかくもちょうどその晩宿の本館は一団の軍人客でたいそうにぎやかであったそうである。そうしてそのときに池に残された弱虫のほうの雄が、今ではこの池の王者となり暴君となりドンファンとなっているのである。
 七月末に一度帰京してちょうど二週間たって再び行って見て驚いたのはあひるのひなの生長の早いことであった。あの黄色いうぶ毛はいつのまにか消えうせて、もうそろそろ一人前の鴨羽に近い色彩の発現が見える。小さな
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