ったわ。」
「ああ、これじゃちょっと分らないね。どうだい、一人でこんなに歩けるかい。今日は僕こないで、町子ひとりをよこすんだったなあ、その方がきっとよかったよ。」
山岡はからかい[#「からかい」に傍点]面にそんなことをいう。
「歩けますともさ。だって、今そんなことをいったってもう一緒に来ちゃったもの仕方がないわ。」
私はそういった。けれど山岡の冗談は、私には何となくむずがゆく皮肉に聞こえた。先刻から眼前の景色に馴れ、真面目な話が途切れると、他に人目のない道を幸いに、私は彼に向って甘えたり、ふざけたりして来た。彼のその軽い冗談ごかしの皮肉に気づくと、私はひとりでに顔が赤くなるように感じた。その感じを胡魔化すようにいっそうふざけてもみたが、私の内心はすっかり悄気てしまっていた。
「何しに来た?」
そういって正面からたしなめられるよりも幾倍か気がひけた。本当に、考えてみれば、あの先に歩いて行く男にも遇わず、彼もきてくれないで、自分ひとりで道を聞きながら、うろうろこんな道を歩いてゆくとしたら? 二人で歩いていてさえあまりにさびしすぎるこんな道を――。私は黙った。急にあたりの景色がいっ
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