、二人は顔見合わせたが、思いがけない嘲りを含んだ態度を見せて、私の問に答えた。
「谷中村かね、はあ、あるにはあるけれど、沼の中だでね、道も何にもねえし――いる人も、いくらもねいだよ――」
あんな沼の中にとても行けるものかというように、てんから道など教えそうにもない。それでも最後に橋番に聞けという。舟橋を渡るとすぐ番小屋がある。三四人の男が呑気な顔をして往来する人の橋銭をとっている。私は橋銭を払ってからまた聞いた。
「谷中村ですか、ここを右に行きますと堤防の上に出ます。その向うが谷中ですよ。ここも、谷中村の内にはなるんですがね。」
一人の男がそういって教えてくれると、すぐ他の男が追っかけるようにいった。
「その堤防の上に出ると、すっかり見晴らせまさあ。だが、遊びに行ったって、何にもありませんぜ。」
彼等は一度に顔見合わせて笑った。多分、私達二人が、気紛れな散歩にでも来たものと思ったのであろう。笑声を後にして歩き出した時、私は、この寒い日に、わざわざこうして用もない不案内な廃村を訪ねてゆく自分の酔狂な企てを振り返ってみると、今の橋番の言葉が、何か皮肉に聞こえて、苦笑しないではいられな
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