それが事実か事実でないか、どうして私以外の人に解ろう?
 Tと別れて、山岡に歩み寄った私を見て、私の少い友達も多くの世間の人と一緒に、
「邪道に堕ちた……」
 と嘲り罵った。けれど、彼等の中の一人でも、私のそうした深い気持の推移を知っている人があるであろうか?
 久しい間の私の夢想は、かの谷中の話から受けた感激によって目覚まされた。私の目からは、もはや決して、夢想ではなく、彼の歩み入るべき真実の世界であった。その真実の前では、私は何ものにも左右されてはならなかった。こうして、私は恐らく私の生涯を通じての種々な意味での危険を含む最大の転機に立った。今まで私の全生活を庇護してくれたいっさいのものを捨てた私は、背負い切れぬほどの悪名と反感とを贈られて、その転機を正しく潜りぬけた。私は新たな世界へ一歩踏み出した。
「ようようのことで――」
 山岡と私は手を握り合わされた。しかしその握手は、二人にとっては、世間の人に眉をひそめさすような恋の握手よりは、もっと意味深いものであった。やっとのことで私の夢想は、悲しみと苦しみと歓びのごちゃごちゃになった、私の感情の混乱の中に実現された。私は彼の生涯の仕事の仲間として許された。一度は拒絶しても見たY――K――等いう彼と関係のある女二人に対しても、別に、何の邪魔も感じなかった。まっすぐに自分だけの道を歩きさえすればいいのだ。他の何事を省みる必要があろう? とも思った。あんな二人にどう間違っても敗ける気づかいがあるものかと思った。またあんな事は山岡にまかしておきさえすればいい。自分達の間に間違いがありさえしなければ、自分達の間は真実なんだ。あとはどうともなれとも思った。要するに、私は今までの自分の生活に対する反動から、ただ真実に力強く、すばらしく、専念に生きたいとばかり考えていた。
 しかし、とはいうものの、山岡との面倒な恋愛に関連して、彼の経験した苦痛は決して少々のものではなかった。幾度私はお互いの愚劣な嫉妬のために、不快に曇る関係に反感を起こして、その関係から離れようと思ったかしれない。けれど、そんな場合にいつでも私を捕えるのは、私達の前に一番大事な生きるための仕事に必要な、お互いの協力が失われてはならないということであった。
 山岡に対する私の愛と信頼とは、愛による信頼というよりは、信頼によって生まれた愛であった。彼の愛を、彼に対す
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