か。遙かな未来の夢想を信じて『奴隷の勉強』をも、『乞食の名誉』をも甘受するか。」
もちろん私はどこまでも、自分を欺きとおして暮らしていけるという自信はない。そのくらいなら、これほど苦しまないでも、とうにどこかに落ちつき場所を見出しているに相違ない。では後者を選ぶか? 私はどのくらい、それに憧憬をもっているかしれない。本当に、すぐにも、何もかもすてて、そこに駆けてゆきたいのだ。けれど、そこに行くには、私の今までの生活をみんな棄てなければならない。苦しみあがきながら築きあげたものを、この、自分の手で叩きこわさねばならない。今日までの私の生活は、何の意味も成さないことになりはしないか? それではあんまり情なさすぎる。しかし、今日までの私の卑怯は、みんなその未練からではないか。本当の自分の道が展かれて生きるためになら、何が欲しかろう? 何が惜しかろう? 何物にも執着はもつまい。もたれまい。ああ、だが――もし本当にこう決心しなければならない時が来たら――私はどんなことがあっても、辛い目や苦しい思いをしないようにとは思わないけれど、それにしても、今の私にはあまりにつらすぎる。苦しすぎる。せめて子供が歩くようになるまでは、ああ! だが、それも私の卑怯だろうか?
六
M氏の谷中ゆきは実行されなかった。せっかく最終の決心にまでゆきついた人々に、また新らしく他人を頼る心を起こさしては悪いという理由で、他から止められたのであった。氏は私のために谷中に関することを書いたものを持ってきて貸してくれたりした。
私がそれ等の書物から知り得た多くのことは、私の最初の感じに、さらに油を注ぐようなものであった。その最初から自分を捉えて離さない強い事実に対する感激を、一度はぜひ書いてみようと思ったのはその時からであった。そして、その事を考えついた時には、自分のその感じが、果して、どのくらいの処まで確かなものであるかを見ようとする、落ちついた決心も同時に出来ていた。それが確かめられる時に、私の道が始めて確かになる。私は本当にあわてずに自分の道がどう開かれてゆくかを見ようと思った。
私がそうして、真剣に考えているようなことに対して、本当に同感し、理解をもつ事の出来る友人は私の周囲にはひとりもなかった。そういうことに対してはTを措いて他にはないのに、今度はTでさえも取り合ってはくれ
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