、意気地がないからそういう目に遇うんだと思えば間違いはない。いつでも愚痴をいってる奴にかぎって弱いのと同じだ。自分がしっかりしていて、不当なものだと思えばどんどん拒みさえすればそれでいいんだ。世の中のいろんなことが正しいとか正しくないとかそんなことがとても一々考えられるものじゃない。要するに、みんなが各々に自覚をしさえすればいいんだ。今日の話の谷中の人達だって、もう家を毀されたときから、とても自分達の力で叶わないことは知れ切っているんじゃないか。少しばかりの人数でいくら頑張ったってどうなるものか。そんな解り切ったことにいつまでも取りついているのは愚だよ。いわば自分自身であがきのとれない深みにはいったようなもんじゃないか。」
「そんなことが解れば苦労はしませんよ。それが解る人は買収に応じてとうに、もっと上手な世渡りを考えて村を出ています。何もしらないから苦しむんです。一番正直な人が一番最後まで苦しむことになっているのでしょう? それを考えると、私は何よりも可愛想で仕方がないんです。」
「可愛想は可愛想でも、そんなのは何にも解らない馬鹿なんだ。自分で生きてゆくことのできない人間なんだ。どんなに正直でもなんでも、自分で自分を死地におとしていながらどこまでも他人の同情にすがることを考えているようなものは卑劣だよ。僕はそんなものに向って同情する気にはとてもなれない。」
 私は黙った。しかし頭の中では一時にいいたいことがいっぱいになった。いろいろTのいったことに対しての理屈が後から後からと湧き上がってきた。Tはなお続けていった。
「お前はまださっきのMさんの興奮に引っぱり込まれたままでいる。だから本当に冷静に考えることができないのだよ。明日になってもう一ど考えてごらん。きっと、もっと別の考え方ができるに違いない。お前が今考えているように、みんながいくら決心したからといって、決して死んでしまうようなことはないよ。そういうことがあるものか。よしみんなが溺れようとしたって、きっと救い出されるよ。そして結局は無事にどこかへ、おさまってしまうんだ。本当に死ぬ決心なら相談になんぞ来るものか。今いっている決心というのは、こうなってもかまってくれないかという面当てなんだ、脅かしなんだ。なんで本気に死ぬ気でなんかいるもんか。もし、そうまで谷中という村を建て直したいのなら、どこか他のいい土地をさが
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