ているのであった。そして、それもかつての自分達のことを話しているというよりは、まるで他人の身の上の事でも話しているような無関心な態度を、私は不思議な気持で見ていた。彼は惨苦のうちにこの土地に未練をもって、今もなお池の中に住んでいる少数の人達に対しても、冷淡な侮蔑を躊躇なく現わすのであった。
「ずっと向うにちょっとした木立がありますね。ええずっと遠くの方に、今煙が見えるでしょう? あの少し左へよった処に、やはり木の茂った処が見えますね、あれがSの家です。まだ大分ありますよ。」
指さされた遙かな方に、ようやくのことで小さな木立が見出された。細い貧し気な煙も見える。私と山岡が、今尋ねて行こうとしている人達の住居はそこなのだった。連れの男は折々立ち止まっては、おくれる私達を待つようにして、一言二言話しかけてはまた先にずんずん歩いていく。道に添うて、先刻はただ一と目に広く大きいままに見た景色の中につつまれた、小さな一つ一つのみじめな景色が順々にむき出しにされて私達を迎える。いつか土手に添うた畑地はなくなって、土手のすぐ下の沿岸の、疎らになった葦間に、みすぼらしい小舟がつなぎもせずに乗り捨ててあったり、破れた舟が置きざりにされてあると見てゆくうちに、人の背丈の半ばにも及ばないような低い、竹とむしろでようやくに小屋の形をしたものが、腐れかかって残っていたりする、長い堤防は人気のない沼の中をうねり曲って、どこまでも続いている。
山岡は乾いた道にステッキを強くつきあてては高い音をさせながら、十四五年も前にこの土地の問題について世間で騒いだ時分の話や、知人のだれかれがこの村のために働いた話をしながら歩いていく。
「今じゃみんな忘れたような顔をしているけれど、その時分には大変だったさ。それに何の問題でもそうだが、あの問題もやはりいろんな人間のためにずいぶん利用されたもんだ。あのTという爺さんがまた非常に人が好いんだよ。それにもう死ぬ少し前なんかにはすっかり耄碌して意気地がなくなって、僕なんか会ってても厭になっちゃったがね。少し同情するようなことをいう人があるとすっかり信じてしまうんだよ。それでずいぶんいい加減に担がれたんだろう。」
「そうですってね。でも、死ぬ時には村の人にそういってたじゃありませんか。誰も他をあてにしちゃいけないって。しまいにはこりたんでしょうね。」
「そりゃそうだ
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